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「 “これ”から元気をもらうの。」
先ごろ思いがけず病気の治療を受けた知人が、欲しかったペンダントトップを買った帰途、うれしそうに見ながらそう言いました。
今後は同窓会に出席して、積極的に人と一緒に楽しみ、気持ちを立て直して、生活をしゃっきりさせたいというのです。
ジュエリーを購入するとき、“これ”から“エネルギーをもらいたい”という気持ちがきっかけになることがあるようです。

あと一歩前向きになれないとき自信と勇気を与えてくれたり、後ろからそっと見守ってくれるお守りとして。私にとっての“これ”は以前写真で紹介したヒスイのプラチ・ナリングです。仕事をしていたころ、30代の厄年あたりにつくりました。「厄なんて気にしてないわ」といいつつも、オーダーする1つのきっかけになっていました。それ以来“気合”リングとしてずっと一緒です。
同じころ映画“プラダを着た悪魔”を見ました。大女優メリル・ストリープがファッション雑誌のカリスマ編集長で部下にとっては悪魔的級の意地悪な役を楽しげに生き生きと演じているのが小気味よかったです。そのアシスタントとして採用された若いヒロインの前向きな奮闘と成長がさわやかでほほえましいストーリーでした。その上、有名デザイナーの衣裳が息もつかせないほど次から次へと出てくるので画面が華やかで飽きることはありませんでした。
ストーリーの流れに密接には関係していないのですが、ヒロインとその友人たちがニューヨークのバーで飲みながら軽く話すシーンで友人の、
「ジュエリーはアイデンティティーを象徴する!」
という台詞。
劇中での台詞の意図とは他にもあるのかもしれないけれど、この台詞が妙に印象に残っていました。
ジュエリーが象徴するものはあるのか…?
いや象徴なんて思わなくても、身につけるもの、特にジュエリーを選ぶとき、“デザインが好き”“使うシーンに合っている”“自分の雰囲気に合っている”とかの直接的な理由で決めるでのですが、そこにその人の何かしらの願いや大事にしたいものが、選ぶ理由のどこかに影響していることがあると思いませんか?
以前、瀬尾さんの回で、作る人たちの思いや、表現したい世界がプラチナ・ジュエリーに込められているという「俄」 の日本語の美しい名前のついたプラチナ商品を紹介されていました。
ジュエリーを選んで使う人にも、そのジュエリーにはその人の大事にしたいものが表れていることが多いのではないでしょうか。ただ“好き”だからというものの中に、その人の大事にしたいもの、ものごとに向き合う姿勢、理想・・・そんなものまで。
プラチナ・ジュエリーをつける理由、好きな理由、そんなに大げさにとらえることではないけど、ちょっと考えてみたら意外に深いかもしれないですね。
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